早稲田大学の卒論は
大変そう…
どの学部でも同じじゃないの!?
というイメージを持っていませんか。
実際は、学部によって卒論の位置づけや重さ、求められる姿勢はかなり違います。

早稲田の卒論のリアルを知ることで、自分に合った学部像をより具体的に描いてもらえたら嬉しいです。
目次
早稲田の卒論は一律ではない!
ある学部では卒論がカリキュラムの中心となっている一方、別の学部では「やりたい人がやるもの」という位置づけになっています。
卒論必修の学部とそうでない学部がある
文化構想学部や文学部、教育学部などでは、4年生になると卒論・卒業研究系の科目が履修対象になり、基本的に全員が何らかの形で論文を書きます。
ゼミに入っているかどうかに関係なく「卒業=研究の総まとめ」という位置づけです。
一方で、政治経済学部や商学部、法学部などでは、卒論はゼミや演習と結びついた選択制の要素が強くなります。
ゼミに入らず、必要な単位だけを取って卒業する学生もいて「卒論を書いていない=珍しい」というわけではありません。
つまり早稲田では「卒論を書くのが当たり前」という学部もあれば「学生次第」という学部もあるのです。
卒論の重さは字数よりプロセスで決まる
負担感を左右するのは、そこに至るまでのプロセスの厳しさです。
例えば
- 事前に研究計画書の提出が必須
- 仮指導や中間報告が設定されている
- 指導教員との面談回数が事実上決まっている
- 題目届を出さないと提出資格が得られない
といった仕組みが整っている学部では、自然と卒論が「1年間かけて進める大仕事」です。
字数は多くなくても、進捗を管理されるため、精神的な負荷は大きめです。
逆に、字数はそこそこあっても、進め方がゼミや個人に委ねられている学部では「どれだけ真剣にやるか」は学生次第になります。
自由度が高い分、主体性がないとギリギリまで動けない、という別の難しさがあります。
人文系|学問として腰を据えて書く空気
テーマ設定から執筆までに時間をかけ、教員とやり取りを重ねながら仕上げていくそうです。
短期決戦というより、腰を据えて考え続ける作業です。
文化構想学部:研究プロセス重視型
4年になると卒業研究の科目が自動登録され、ほぼ全員が何らかの形で研究に取り組むことになります。
特徴的なのは、事前手続きと途中段階の指導です。
研究計画書の提出や仮指導の受講が必須とされており「いきなり書き始める」ということはできません。テーマの方向性や問題意識を早い段階で固め、教員のフィードバックを受けながら少しずつ形にしていきます。
字数や構成は、細かく統一されているわけではなく、指導教員の方針に委ねられます。
テーマの自由度は高い一方で「何をどう研究するのか」を自分で説明できないと前に進めません。
文学部:王道の卒論文化
卒論演習と卒業論文が4年で自動登録され、卒論を書くことが前提となります。
文学部の特徴は、手続きと形式がしっかりしていることです。
題目届を提出しなければ卒論そのものを出せず、9月卒業者には口述試験が課されるなど、研究成果を言語化して説明する場も用意されています。単に文章を書くだけでなく、「自分の研究を他者に伝える」ことまで含めて卒論と捉えられています。
字数やページ数は定められていないものの、先行研究の読み込みや論理構成への要求水準は高めです。
感想文の延長では通用せず、学問として成立しているかどうかが厳しく見られる空気があるそうです。
教育学部|管理と実務がとにかく厳格
早稲田の中でもとくに管理が厳しい部類に入ります。
研究内容そのものだけでなく「決められた手続きを正確にこなせているか」「計画通りに進められているか」といった実務面が強く意識されているのが特徴です。
締切と分量が専修ごとに明確
同じ学部内でも締切日が異なり、12月中旬で終わる専修もあれば年明けまで続く専修もあります。提出時刻が分単位、秒単位で指定されているケースもあり、締切管理はかなりシビアです。
字数やページ数についても目安ではなく、和文なら何万字、英文なら何千ワード以上といった具体的な基準があり、「最低限ここまでは書く」というラインが最初から共有されています。
指導と進捗管理が評価対象
専修によっては、指導教員との面談回数や指導記録の提出が求められ、研究の過程そのものが可視化されるそうです。
- 締切を守っているか
- 段階ごとの課題を提出しているか
- 指導を受けながら修正できているか
といった点が、評価対象になります。
そのため「最後に一気に書く」という進め方は難しくなります。
自由度は高くありませんが、真面目に積み上げる人が報われやすい空気がある学部です。
社会科学系|卒論はゼミ文化と強く結びている

政治経済学部:ゼミ中心で自由度高め
ゼミが必須ではなく、規定単位を満たしていれば卒業できます。
ただ体感としてはゼミに入って研究する学生が多く、ゼミ文化が学部の中心にある印象です。
就活の場でも、ゼミに入っていない場合は「なぜ入らなかったのか」を聞かれることがあり、説明できる理由が必要になることがあります。
卒論も一律の字数や締切が定められているわけではなく、ゼミごとにバラバラです。
軽めなゼミもあれば、研究量や完成度の要求が高いゼミもあります。人気ゼミほど厳しい傾向があります。
自由度が高いぶん、放っておくと何も進みません。
法学部:卒論は選択制
卒論を書かなくても卒業できるルートが用意されているため、卒論は研究に寄せたい人が選ぶオプションです。
一方で、そもそも日常的にレポートや答案作成をしているので、論理展開の型や根拠の置き方は普段から鍛えられます。
卒論を書く人は、判例や条文、学説をベースに組み立てるので、根拠の精度を求められます。
商学部:卒論を書かずに卒業する人も多い
ゼミ論文や演習論文といった成果物は存在しますが、それは基本的にゼミ・演習とセットになっています。
逆に言えば、ゼミに入らない学生もいて、卒論も書かずに卒業する人が珍しくありません。
実際、周囲の商学部生がほとんどゼミに入っておらず、卒論も書いていないです。
途中でゼミをやめる人がいても必要単位を満たしていれば卒業できる。
こうした柔軟さは、早稲田の中でも商学部らしい空気感だと思います。
英語プログラム系|海外大学型の卒論
早稲田の中でも特に「海外大学っぽい」空気があります。
- アウトプットが原則英語で、分量もワード数で管理されやすい
- 論文一本に限らず、プロジェクト型など複数の成果物パターンが用意されている
日本語学部の卒論が「ゼミ裁量で自由に変わる」タイプとすると、英語プログラムは「制度として海外型に寄せて設計されている」タイプです。
社会科学部:英語学位プログラム
卒業に向けた最終成果として Capstone Project が位置づけられています。卒論というより「集大成の研究プロジェクト」です。
ThesisとProject型のどちらかを選べます。Thesisは 8000語程度の論文。Project型は 4000語程度のレポート。
研究者志向の人だけでなく将来の仕事に接続しやすいテーマでまとめたい人にも相性が良いです。一方で、英語で一定量を書き切る前提なので、英語運用を避けて通れない緊張感もあります。
国際教養学部:逃げ道のないSenior Thesis
卒論の存在感がかなり強い学部です。
Senior Thesisは、Advanced Seminarを始めると提出が必須で、始めた時点で「卒論までセット」が確定します。
分量も明確で、英文で8000語程度、和文で20000字程度。
さらに締切は指導教員が指定する形なので、ゼミ単位でガチガチに進捗を詰められます。
端的に言うと「卒論を書き切れる人が前提で集まっている」英語で読む、考える、書くを最後までやり抜くので、卒論は4年間の学びを回収する最終フェーズです。
【実例】政治経済学部生の卒論はこんな感じ

政治経済学部では卒論は必須ではない
ゼミに入らなくても、ゼミ以外の科目で単位を満たしていれば卒業できます。
ただ、ゼミ所属者がマジョリティです。ゼミで研究するのが当たり前なので、就活でも「ゼミに入っていないのはなぜ?」と聞かれることがあります。
入っていないこと自体が不利になるというより、納得感のある理由を用意しておく必要があります。
卒論の負荷はゼミごとに本当に違う
字数、提出時期、進め方はゼミごとに異なり、要求水準もかなり幅があります。人気ゼミほど研究の要求水準が高めで、途中の報告やフィードバックも密になりやすい印象があります。
きついけれど力がつくというのが政経のゼミ卒論のリアルだと思います。
私が入ったゼミと研究テーマ
私は政治と司法の接点を扱うゼミに所属しました。
卒論制作の本格スタートは4年の秋学期で、政経の中でも遅めの部類です。要件は1万5000字以上で、他学部の卒論必修で長期戦タイプと比べると、形式面は軽めでした。

ただ、軽いから楽というより、テーマ設定の自由度が高いぶん、自分で問いを立てて構成を作る力が必要になります。
私が選んだテーマは「生成AIによるフェイクの拡散が日本の政治的活動に与える影響」で、選挙や政治コミュニケーションに対して現行法でどこまで対応できるか、という観点から整理しました。
実際に書いた卒論のボリュームと中身
最終的な分量は約2万1600字です。

生成AI・フェイクニュース・選挙制度・法制度を横断しながら
- どんな経路で政治に影響するのか
- 日本の現行法でどこまで対処できるのか
- 海外法制、EUのAI規則などから何が示唆されるのか
という流れで論じました。
研究手法としては、データ分析よりも文献調査と制度整理が中心です。先行研究や公的資料を読み込み、論点を整理して構造化するタイプの卒論でした。
政経の卒論を通じて感じたこと
締切や形式の自由度が比較的高いです。ただし、放任と紙一重なので、テーマ設定と構成力がないと簡単に迷子になります。
逆に言えば、強制されない環境でも自走できる人にとっては、関心のある分野をかなり自由に掘り下げられるのが政経の良さです。
卒論をやり切った経験は、研究スキルというより「問いを立てて、材料を集めて、筋道立てて結論まで持っていく力」が身についた感覚がありました。
結論!卒論の重さは学部の思想そのもの
卒論が重い学部は研究者志向
文化構想学部、文学部、教育学部、国際教養学部などは、卒論がカリキュラムの中心です。
- 問いを立てる
- 先行研究を読み込む
- 長期的に思考を深める
という研究者的な営みを、大学教育のゴールとして意識しています。
管理が厳しかったり、自由度が低く感じる場面もありますが、その分「最後まで考え抜く力」を鍛えられます。
卒論が軽い学部は自己設計型
政治経済学部、商学部、法学部などでは、卒論は必須ではなく選択制になっています。
- 卒論を書く
- 資格を取る
- インターンに力を入れる
- 就活を早めに進める
卒論が軽いからといって、何もしなくていいわけではありません。
4年生で何をやるかを自分で決められないと、時間を持て余しやすい学部とも言えます。
大事なのは卒論があるかではなく向き不向き
大切なのは
- 長時間かけて一つのテーマを掘り下げたいのか
- 複数の経験を並行して積みたいのか
- 管理される方が力を出せるのか
- 自由な環境で自走したいのか
という自分の性格や学び方との相性です。
学部選びでは偏差値やイメージに目が行きがちですが、「4年生で何をして卒業しているか」を想像すると、見え方が大きく変わります。
卒論の重さは、その学部がどんな学生を育てたいのかを映す鏡です。自分が合うかどうかを考えることが、学部選びにつながります。

