目次
はじめに:浪人6月、気温より先に心が暑苦しくなる
こんにちは。慶應義塾大学経済学部4年のたくです!
今回は、僕が浪人していた頃、特に印象に残っている6月について書いていこうと思います。
現役のときは名古屋大学を受験して不合格。そこから浪人が始まったわけですが、春の時点で思い切って東大を志望校に切り替えました。理由は色々あるけど、一番大きかったのは「どうせ浪人するなら、本気で一番高いところを目指したい」という気持ちでした。
正直、春の頃はまだ気持ちに余裕があったんです。浪人も始まったばかりで、教材も一新されて、「よし、やってやるぞ!」って前向きに燃えていた感じ。
でも、6月はちょっと違いました。
◉ 「何か見えないプレッシャーに押しつぶされそう」だった6月
6月って、外から見ると“何も起きない月”に見えるかもしれません。これといったイベントもないし、受験本番までもだいぶあるし。
でも実際は、浪人生活の中でもけっこうキツい月だったなと思います。
その理由は主に以下の3つです👇
- 東大模試(東大オープン・実戦)が控えていた
- 過去問演習に本格的に取り組み始めた
- 「今の自分で本当に東大なんて狙えるのか?」という疑問が強くなってきた
特に模試。
“自分の現在地が見えてしまう”という怖さがありました。
浪人って、模試の判定が良ければ前向きになれるけど、悪ければめちゃくちゃ凹む。たとえB判定でも、「Aじゃないのか…」って落ち込むこともあります。今考えると意味ないんですけどね、あの頃はマジで一喜一憂してました笑
◉ 6月は、模試と向き合う月=自分と向き合う月
6月に入ってから、東大の過去問(特に英語と数学)を毎日やってました。
英語:長文が長すぎて1問解くのに1時間以上かかった
数学:解説を読んでも意味がわからない問題が多すぎて、解いたというより“眺めていた”笑
日本史:なんとなくやっていたレベルでは太刀打ちできないと悟る
こうやって書くとメンタルやられそうですが、実際やられてました笑
でも同時に、「こうやって焦るってことは、それだけ本気で東大を目指してる証拠なんだな」と自分に言い聞かせてました。
◉ 浪人の6月は、メンタル管理が一番大事かも?
この月、特に大きかったのは「自分だけが取り残されている気がする」感覚でした。
周りを見れば、元々東大志望だった人たちは問題をスラスラ解いている(ように見える)し、駿台の教室には常に緊張感があって、「あれ、自分だけヤバいかも?」って焦るんですよ。
この時期に感じていたことを正直に言うと、「本当に東大に行けるのか、わからなくなってきた」「でも、引き返すのはもっと怖い」「模試の点数=自分の価値のように感じてしまう」。
こんな感じです。
◉ でも、「揺れるのが普通」と思えるようになった
今になって振り返ると、6月に心が揺れるのは当たり前だったと思います。
現役の友達は大学生活を楽しんでるし、自分は毎日同じ校舎に通って、問題集とにらめっこ。
比較しちゃいけないとわかってても、どうしても見てしまう。
でも、そんな時期を“乗り越える”というより“やり過ごす”だけでも意味があったと今は思えます。
ということで、次章からは具体的に「東大に志望を変えたときのこと」や「過去問演習で何をやっていたか」「心が折れかけたときの話」なんかも書いていきます。
浪人生活、特に6月に差し掛かって不安を感じている人がいたら、「みんなそうだったよ!」って伝えたいです。

東大を本気で目指す、という宣言と覚悟
浪人生活が始まってすぐの頃、僕は志望校を名古屋大学から東京大学に変える決断をしました。
正直、この選択は自分でも「無謀かな?」って思ってました。
でも、今振り返るとあのときの覚悟が6月の自分を支えてくれたとも思います。
◉ 「あれ?俺、東大行きたかったんじゃなかったっけ?」という原点回帰
そもそも東大を意識したのは高校1年のとき。
東大の文化祭(五月祭)の動画を見て、「なんかかっこいいな」と思ったのが最初でした。
でも現実には、模試の判定もパッとせず、部活も忙しくて勉強も手につかず…。
いつの間にか「まぁ名大くらいが現実的かな」と思うようになってました。
ただ、現役で名大に落ちたとき、「なんで俺、東大を最後まで目指さなかったんだろう…」って、ちょっと後悔したんですよね。
そして浪人が決まった春。
「どうせ1年頑張るなら、行きたいとこ行こうぜ、自分!」って、ちょっと勢いで(笑)、東大一本で勝負することに決めました。
◉ 志望変更に対しての周りの反応
この志望校変更、周囲の人に話すと反応はさまざまでした。
「マジで!?大丈夫なん?」「すごいけど、プレッシャーやばくない?」「応援する!お前ならいけるって!」
中には「無謀すぎじゃね?」って空気感を出す人もいたけど、一番気にしてたのは結局“自分自身”の反応だったと思います。
「自分で自分の決断をどう受け止めるか」がめっちゃ大事でした。
◉ 決意したあとの不安とやるしかない感
東大を目指すって決めたのはいいけど、実際に勉強を始めると…
「全然レベル違うんだけど?」「今までの勉強、甘すぎたな」「やっぱり俺じゃ無理かも…」
みたいな感情が次々と押し寄せてきました。
特に東大の数学の過去問を初めて解いたときは衝撃でした。問題文の意味すら理解できず、「このレベルの人たちと戦うのか…」って思ったときの絶望感、すごかったです。
でも逆に言うと、そう思えたことで「ここまで差があるなら、やるしかないな」と腹がくくれたとも言えます。
自分の中で決めていた“ルール”があった
志望を変えてから、自分の中で3つだけ決めたルールがありました👇
- 「途中で絶対に志望校を下げない」
- 「模試の判定で気持ちを左右されすぎない」
- 「担当の先生のアドバイスは真摯に受け入れる」
すべてめちゃくちゃ難しかったけど、「どうせやるなら東大だけ見てやろう」と思っていました。3つ目が意外と大事で、同じ大学を目指す人たちの中には一匹狼で走り抜ける人もいるけど、いろいろな生徒たちの成功を見ている先生の視点を受け入れることが必要だと感じていました。
もちろん、気持ちがブレる日もありました。でも、6月になって模試の勉強を本格化していく中で、この“最初の決意”が自分を踏みとどまらせる支えになっていたと思います。
◉ 浪人の“志望校選び”は、その後のすべてに影響する
浪人生にとって、どこを目指すかってめちゃくちゃ大事です。
自分が何を求めてるのか、どうなりたいのかって、自分で納得して決めておかないと、苦しい時にブレます。
僕は、東大を目指すって決めたことで、
- 勉強の質も量も、自然と高くなった
- 周囲に流されにくくなった
- 自分に対する甘さが少しずつ減っていった
そんな変化を感じました。
「東大に行きたい」って言うのって、恥ずかしいとか怖いとか思う人もいると思うけど、誰よりも“自分が自分の味方”になることが、何より大事です!
過去問との孤独な戦いが始まる(模試対策の勉強)
6月に入ってから、いよいよ本格的に東大模試の対策を始めました。
東大オープンや東大実戦って、夏に開催される全国模試なんですけど、浪人生にとっては「現状の実力」を問われるめちゃくちゃ大事な試験なんですよね。
判定も出るし、志望校別順位も出る。つまり、「今の自分がどの立ち位置にいるか」が容赦なく数字で突きつけられるんです…。
だからこそ、僕は模試に向けて東大の過去問演習をめちゃくちゃやり込みました。
◉ 「過去問は夏から」って言われるけど、6月からやった理由
一般的に、「過去問演習は夏からでOK」ってよく言われますよね。
でも、僕はあえて6月から始めました。理由はシンプルで、
- 東大模試の対策には東大の形式に慣れておく必要があるから
- 現状の実力がどこまで通用するか、早めに把握したかったから
- 東大独自の時間配分や記述のクセを体に覚えさせたかったから
模試本番で「これ見たことあるぞ!」って感覚を持てるようにしたかったんです。
【6月】毎日の勉強スタイル
6月の僕の1日の勉強はざっくりこんな感じでした👇
朝(9:00〜12:00):英語の過去問演習(要約や自由英作文など)
昼(13:00〜15:00):数学の過去問1年分 or 分野別演習
夕方(15:30〜18:00):日本史の東大型論述対策
夜(19:00〜21:00):模試復習や弱点補強(英単語、計算力、暗記事項)
ポイントは、1日で主要科目に一度ずつ触れること。
苦手科目だけに偏るとメンタルやられるので、できるだけバランス重視で進めてました。

正直、過去問はボコボコにやられました笑
最初に解いた東大の英語長文。時間内に読み終わらないし、何書いたらいいかもわからない。
数学に至っては、「大問1個も完答できない」とかザラ。というか、「完答ってなに?」状態でした笑
日本史も、ただ覚えてるだけじゃ全然戦えないことに気づいて、「通史の中で因果関係を整理する」っていう訓練を始めました。
◉ 孤独感と焦燥感がピークに近づく
この頃は、本当に孤独との戦いでした。
周りはスラスラ解いてるように見える。東大コースの人たちの答案をチラッと見るとレベルが違う。自分の答案だけ真っ赤っかで返ってくる。
「自分って東大目指していいんだっけ?」そんな気持ちが毎日頭をよぎってました。
でも、そんな中で自分を保っていたのは、
「完璧を求めない。とにかく慣れよう!」「最初はボコボコでも、それが普通!」っていう自己暗示みたいな考え方でした。
この時期に意識していたポイント
過去問演習をするときに意識していたことを挙げておきます👇
- 解けなくて当たり前、解説を吸収できればOK!
- 時間を計って取り組む(本番の感覚を作る)
- 1回目で理解できなくても、繰り返して定着させる
- 解いた後の復習に力を入れる(むしろ本番は“予習”みたいなもの)
東大の過去問って、問題が難しいだけじゃなくて、「考えさせられる」構造になってるんですよ。
それに慣れるためには、解くだけじゃなくて、「なぜこういう出題になるのか」を考えることも大事でした。
模試って、単なるテストじゃないんですよね。
「自分が本当に東大を目指してるんだ」って実感するための舞台でもある。
だから僕は、6月の過去問演習を通して、自分の弱点としっかり向き合えたし、「焦って当然」って自分を許せるようになりました。そして、東大を“遠い目標”じゃなく、“近づける対象”として捉えられるようになりました。
模試が近づく不安と、“模試で落ちたら終わり”という妄想との戦い
6月も中旬に入ると、東大模試(オープン・実戦)がどんどん近づいてきます。
僕にとっては、浪人生活で初めての「本気の東大模試」だったので、正直めちゃくちゃビビってました。
そしてこの時期、特に悩まされたのが、「模試で悪い判定が出たら、東大はもう無理なんじゃないか?」という謎の妄想です。
これ、今思えば完全に幻想なんですが、当時はガチでそう思い込んでいたんです…。
◉ 東大模試が“本番レベル”に見えてしまう
模試って、本来は「自分の立ち位置を確認するもの」なんですけど、浪人中の自分にとっては、ほぼ“準本番”みたいな存在でした。
理由は、東大形式で、本番とほぼ同じ問題構成で、志望校別の順位が出る(=自分の相対評価が見える)から。そして、判定に全力で一喜一憂してしまう(←浪人生あるある)からでした。
特に浪人生は現役生よりも“時間”がある分、模試の結果に「意味」を求めすぎちゃうんですよね。
「C判定だったら、このまま突っ込んでいいのか…?」「D判定だったら、もう志望校変えるべきなのか…?」
そんな妄想が、勉強の合間にも、布団に入ってからも頭の中をぐるぐるしてました。
でも実際は「模試で落ちても終わらない」
模試が近づくにつれて、「模試で落ちたら東大終わり」みたいな感覚になってたんですが、今の自分が過去の自分に言いたいのはこれ。
「模試で落ちても、全然終わらんぞ!」「むしろ落ちるのが普通やぞ!」笑
実際、僕の最初の東大模試はC判定で、英数は足切りギリギリレベル。東大コースの上位層にはまったく太刀打ちできませんでした。
でも、そこから秋・冬にかけて徐々に点数も判定も上がっていって、最終的には現役時より格段に成長した自分で本番に臨めたんです。
◉ 勝手にプレッシャーを作りすぎていた話
この時期の自分がやっていた失敗あるある、それが👇
- 模試前になると睡眠が浅くなる(寝ながら不安に)
- 勉強時間を無理やり増やして逆に集中力ダウン
- 模試=未来を決める決戦、と勝手に思い込みすぎる
今思えば、模試は「データの1つ」に過ぎないのに、なぜか「人生の岐路」みたいに捉えていたんですよね…。
ただ、そんなとき支えになったのが、予備校のチューターの先生の一言でした。
「模試は“練習試合”なんだから、うまくいかない方が本番に活きるよ。」
これ聞いて、ちょっと肩の力が抜けました。
◉ “模試は失敗してOK”の考え方
そこからは、こんなふうに自分の中で模試の位置づけを変えました👇
- 成績を気にするより、「原因分析」に全力
- 解けなかった問題こそ“伸び代”ととらえる
- 周りと比べるんじゃなくて、“昨日の自分”と比べる
特に良かったのは、模試の復習を「宝探し」みたいに楽しむこと。「この設問、こんなふうに聞いてくるんだ!」って驚いたり、「ここの表現、本番でそのまま使えそう」ってメモったり。
点数や判定にばかり目が行くと苦しくなるので、“模試から何を学ぶか”にフォーカスするようにしました。

周囲との距離感がつらい:孤独と劣等感のダブルパンチ
6月の中旬から下旬にかけて、勉強のキツさとはまた別の、じわじわくる“つらさ”がありました。それが、「人との距離感」です。
浪人生って、基本ひとりで戦ってるんですけど、この時期は特に、孤独と劣等感に押しつぶされそうになってました。
◉ 周りはみんな進んでるのに、自分だけ取り残されてる気がする
これ、浪人生あるあるだと思うんですけど👇
- 高校の友達はそれぞれの大学生活を始めてる
- SNSを見ると、楽しそうなサークルとかキャンパスライフの投稿
- 「◯◯大学に合格したよ!」っていう報告が春からずっと続いてる
そんな中、自分はまだ受験生。毎日、予備校と家を往復して、問題集に囲まれて過ごす日々。「自分だけ時間が止まってる…」そんな気分になって、めちゃくちゃ苦しかったです。
◉ 話せる人がいない=感情の出口がない
現役のときは、受験勉強について話せる友達が周りにたくさんいました。でも浪人になると、急に“話し相手がいなくなる”んですよね。
- 友達にLINEしても「大学楽しすぎる!」って感じで、話が合わない
- 高校の部活仲間も、今や別世界にいるような感覚
- 予備校は基本“孤独”で、話せる人がいない
結果、悩みや焦りを吐き出す場所がなくなる。これ、ほんとしんどかったです。家に帰っても親には言えないし、愚痴る相手もいない。
「今日、数学全然解けなかった…」「英語の長文、まったく読めなかった…」
そんな小さな失敗すら、自分の中にためこむだけで、気づけばどんどんメンタルが摩耗していきました。
東大を目指す自分 vs 東大を目指してない友達
あともう一つつらかったのが、志望校の“壁”が、無意識に人との距離を生んでしまうこと。
僕の場合、現役時に名大を目指してて落ちたあと、浪人では思い切って東大を目指すことにしました。その選択を話すと、よくあるのが👇
- 「すごいね!」って褒められるけど、どこか“他人事”
- 「なんでそんな無謀なことを…」って言われることもあった
- 「東大目指してるから、話しかけづらい」と言われることも…
東大を目指す=人より上を目指しているという構図になりがちで、自分としては「ただの再チャレンジ」だったのに、知らないうちに壁ができてしまうんです。
「本当は悩んでるし、全然自信ないのに…」
そんな気持ちとは裏腹に、周囲からは「ストイックな人」みたいに見られてて、どこか寂しかった。
◉ 浪人生の孤独って、体よりも“心”にくる
この時期、体力的にはそこまでキツくないはずなんですよ。むしろ慣れてきて、勉強のペースも安定してくる頃。でも、メンタルが静かに沈んでいく。
- 人と比べてしまう(SNSのせいでもある)
- 「このままダメだったらどうしよう」って焦りが募る
- 成果が目に見えにくく、どこにも褒められない
だからこそ、6月下旬は勉強量や模試の結果よりも、「自分の存在がちっぽけに感じる日」が多かったです。
それでも、乗り越えるためにやったこと
メンタル的にしんどかった僕が、実際にやっていた“心を守る方法”はこんな感じ👇
- SNS断ち! → 特にInstagramとTwitter(見ないのが一番)
- 自分だけの「勉強記録ノート」をつける(小さな達成感を可視化)
- 「どうせ1人なんだし」と開き直って、自分のペース最優先で勉強
- 疲れた日は散歩する or 本屋に行く(誰とも話さなくてOKなリフレッシュ)
あと地味に効いたのが、東大の赤本を机の前に置いておくこと。「ここに行きたいんだよな」っていう原点を忘れないために。
孤独も劣等感も、つらかったけど、今思えば、あの苦しさこそが“浪人してる証”だったと思います。だって、なんの不安もなく、孤独も感じなかったら、それってたぶん、そこまで本気じゃないってことだと思うから。
「自分は人と違う道を歩いてる」「だからこそ、今は孤独でも、絶対に強くなれる」
そう信じて、僕は6月後半も勉強を続けたことを今でも覚えています。
それでも勉強を止めなかった理由
6月の終わり頃って、正直メンタル的には一番しんどかったかもしれません。模試ではうまくいかず、周りとはどんどん距離ができ、成績もすぐには上がらない。「こんな生活、いつまで続くんだろう」って思いながら机に向かってました。
でも、不思議なことに、完全に勉強を投げ出すことはなかったんです。ここではその理由を、当時の心情と具体的な行動の両方から振り返ってみます。
東大は「憧れ」じゃなくて「約束」だった
僕が東大を目指したのは、実は浪人が始まってからじゃなくて、高1のときからずっとでした。
なにかを極めてる人たちが集まる場所への憧れ、そして「ここに行く」と自分に言い聞かせていた数年間。だから、浪人しても勉強をやめなかったのは、「あのときの自分との約束を守りたい」という気持ちが大きかったです。
それに現役で名大に落ちたとき、正直ちょっとホッとした部分もあって、「東大に再挑戦できるかもしれない」って。そんな気持ちを持って浪人を選んだ以上、ここで投げ出すのは、自分への裏切りになる気がしたんですよね。
◉ 停滞してるけど、進んでる。そう信じた
6月に模試への勉強を続けていても、なかなか手応えがなかったです。過去問もぜんぜん歯が立たないし、模試の復習しても自分の弱さばかり見えてくるし、周りの東大志望の人たちは、なんかもう完成されてる感じがする。
でも、ある日ふと「成績が伸びない=成長してない」じゃないということに気づいたんです。
テニス部だったときもそうだったんですが、上達って、一気に伸びる“瞬間”がある前に、長い停滞期間があるんですよね。その停滞の間に、筋肉とか技術が“熟成”されていく感じ。勉強もたぶんそれと同じで、今は見えなくても確実に力になってるはずだって、信じるようにしました。
【行動の工夫】続けるためにやっていたこと
精神論だけだとしんどかったので、続けるための“仕組み”もいろいろ試してました👇
■「1日1達成」を記録するノート
- 今日はこの問題が解けた
- この知識を覚えた
- 長文の精読がうまくいった など
小さくてもいいので、毎日“できたこと”をメモして、「自分、前に進んでるな」と思えるようにしてました。
■ 勉強ルーティンの“儀式化”
- 朝は絶対に自習室の決まった席で勉強スタート
- 夜は自習室から帰る前に「翌日の予定だけ立てる」
- 勉強前に深呼吸3回する(これは完全におまじない笑)
ルーティンを作ることで、勉強するか迷う“無駄な気力”を減らして、気分に関係なく机に向かえるようにしてました。
■ モチベが落ちたら「東大のキャンパス画像」を眺める笑
これは半分ネタっぽいんですが、本気で落ち込んだときは、スマホで東大の赤門や安田講堂の写真を見てました。「ここを歩く自分を想像しよう」って笑
バカみたいですが、そうやって理想の未来を思い浮かべるだけで、意外と力が戻ってくるんですよね。


おわりに:自分の弱さを直視することの効果
ここまでお読みいただきありがとうございます。最後に、僕が1年間の浪人生活を通じて得られたことについて書こうと思います。
今までの章を読んでいただいてわかる通り、6月って、浪人生活の中でもちょっと特殊な時期なんですよね。
- 生活リズムには慣れてきてる
- 模試ラッシュがあるから焦りもピーク
- 周囲とのギャップにも悩み出す
つまり、自分の本音や本当の弱さが見え始める時期なんです。当時の僕にとって、この弱さに向き合う時間が、のちに自分を支えてくれたなって思ってます。
◉ どんな弱さがあったのか?
この時期、いろんな意味で「自分のダメさ」が浮き彫りになりました。
- 模試で思ったより点が取れず、「自分、頭悪いかも…」と落ち込む
- 周囲の受験生と比べて、「自分だけできてない」と感じる
- 毎日勉強してるのに伸びない→「努力の才能ないのかな」と悩む
特に東大っていう日本トップを目指してる分、ちょっとミスしただけで自分を責めがちになるんですよね。
「こんなんじゃ、合格できないだろ…」って、何度も自分に言いそうになりました。
◉ それでも、逃げなかった
ここが浪人のすごいところで、「辞める」という選択肢がないんですよ。現役のときなら、「ま、別の大学でいいや」とか「滑り止め受かったし」で済んだかもしれないけど、浪人して東大一本に絞ってると、「逃げ道がない=向き合うしかない」んです。
だから僕は、6月のある夜、ノートにこう書きました👇
「自分は今、弱い。でも、それを見なきゃ前に進めない。」
なんか中二病っぽいですが笑、そのとき本気で、自分のダメなところも全部受け入れてやろうって思ったんです。
不思議なことに、自分の弱さを認めた瞬間、ちょっとだけ気持ちがラクになりました。
「弱いからこそ、まだ伸びしろがある」って思えたし、「ここが足りないから、これをやろう」って戦略的に考えられるようになりました。そして、自分に期待しすぎなくなって、無駄に落ち込まなくなりました。
つまり、「完璧じゃない自分」でも前に進んでいいんだって思えるようになったんですよね。

◉ 今の自分から見ても、あの時期は転機だった
大学4年の今、いろんな後輩に受験の相談を受けたりもするんですが、僕がよく伝えてるのはこんなことです👇
「自分の弱さから目をそらさないこと」
「苦手や不安を直視できたら、受験は必ず乗り越えられる」
「不完全なまま、進めばいい」
当時の僕は、計画性もなかったし、メンタルも強くなかったし、英作文も、数学も、東大型問題には全然歯が立たなかった。でも、「それが今の自分だ」と受け入れて、それでも毎日、やることやってた。
今思えば、その素直さと粘り強さが、のちの何にも変え難い力になったんだと思います。
受験って、どうしても「強い人が勝つ世界」って思われがちだけど、実際は違います。弱さを見ないふりする人は、途中で崩れる。弱さを受け入れて対処する人は、最終的に伸びる。
だからこそ、6月のあの頃に自分の弱さをちゃんと見つめたことは、僕の中で「受験のターニングポイント」だったなって思います。
今この記事を読んでいる高校生のみなさん。長くなりましたが、
- 「自分、全然できてないな…」
- 「なんでこんなに不安なんだろう」
- 「もっと早く始めておけばよかった」
そう思ってるなら、まずそれでOKです。
“弱い”と感じてる=まだ成長できるってこと。僕もそうだったし、今の僕があるのは、あの6月に自分とちゃんと向き合えたからです。
この記事が、今の皆さんの少しでも力になれたら光栄です。
